年表

20) お姉ちゃん [自伝本『私のこと』]

そんな恨み(?)を残してしまった叔母だったが
近くに住んでいることもあり
私達 家族には、もう なくてはならない存在だ。
 
彼女は、一言でいうと “サザエさん” のような女性だ。
明るく、ちょっと おっちょこちょいな ところもあるが
家族や団体での “核” に なるような人柄だ。
 
この場合の “明るく・・・” を 具体的にしておきたいが
まず   声が大きい
次に   態度がでかい
そして  喜怒哀楽が激しい
さらに  おせっかい だったりする
 
もう一つ 大切な要素は、些細な失敗で笑いをとる ということだ。
 
ここでいう 明るい人の代表選手のような人物なわけだ。
そういう私も、かなり ここに属するようだが・・・。
 
彼女や父の母親は、49才という若さで 病気のため 亡くなっている。
末っ子の彼女を産んだ頃には、もう おっぱいも満足に出なかったようだった。
 
その頃、間借りをしていた家族がいて
丁度 同時期に子供を産んだため
叔母は、その方の おっぱいを頂いたそうだ。
後に、その家族は引越し、まさに 乳母となってくれた方は 亡くなったそうだが
叔母が大人になる頃
同時期に生まれた その 男の人と 会うことになる。
 
今、叔母のご主人が その人である。
同じおっぱいを飲んだ人との 結婚であった。
 
何か運命的なものを感じる。
人間のかかわり方とは 不思議なものだ。
多かれ少なかれ、出会いとは 運命的だ。
同じ日に 同じ場所にいる・・・。
さらに、同じ目的や 同じ気持ちを持っていたりする。
 
自分にとって、プラスになる人や そうでないと思われる人 とも 出会う。
すべてが、自分と会うために 波長のようなもので つながれているのだと思う。
 
今までも・・・そして これからも・・・。
 
いろんな出会いを 大切に考えたいものだ。
 
そして、彼女のように
いつまでも “明るい 核” のような存在になれるよう
彼女を見習っていくつもりだ。
 
今も、ちょっと引いた目線で
人間として
美容師として
妻や母として  私に助言してくれる。
 
母とは違う 影響力・・・。
彼女は 私にとって
第二の母・第二の姉 のような 大切な人間のひとりである。
 
 
 

2009年01月27日(火)

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